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この2人のMestre(マスター)の功績により、表舞台にたつ事の無かったカポエイラが一般大衆に受け入れられていき、ブラジル固有の格闘技として国に認められ、今ではその弟子達が後世に伝える役目を果たしています。現代のカポエイラはこの二つのスタイルを掛け合わした物が主流になっていますが、原点はストリートにあり、この2人の功績を世界中のカポエイラ家は尊敬し、称え、心に刻み込んでいます。大きく分けると、Regional派、Angola派、どちらも取り入れたCapoeira派の3つに分けることが出来ますが、原点は先ほども述べたとおり同じです。
カポエイラはもともと試合と言う概念はありません。その代わりにRoda(ホーダ)と呼ばれる輪を作り、その中で2人のプレイヤーがJogo(ジョーゴ)と呼ばれるゲームをして互いの精神や技術を競い合い、相手との駆け引きが求められます。相手を倒す事が目的ではなく、相手と融合し、間合いを制する事に重点を置きます。そのRodaでは必ずBateriaと呼ばれる楽器隊がいてJogoを仕切ります。そのBateriaの演奏に合わせ、カポエイラの歌を皆で歌います。優れたプレイヤーはBateriaの演奏や歌に共鳴し、Rodaに集まる全ての人のエネルギーを吸収し、一つになります。ですので誰でも出来ます。
「Rodaには人生の全てがある」とMestre達は言います。
現代の日本は個性と言う言葉を履き違え、この大事な事を忘れているように思われます。
カポエイラの技術を習得する為には、相手を尊重し、皆と共鳴し合い、技だけではなくこのRodaで人生の全てを学んでください。力で制してもRodaは答えてくれません。一人で格好をつけても誰も称えてくれません。何事にも感謝の気持ちを忘れず、何よりカポエイラを楽しむ事が一番だと思います。Rodaで学んだ事は人生で必ず役立ちます。
カポエイラの道のりは人生と一緒です。稽古は長い時間をかけて続ける事が大事です。続ける事がカポエイラの本質的な部分に触れる大切な事でもあります。
ここ十数年で世界各国に広がりを見せているカポエイラですが、これが人種、国境を越え、心身鍛練の道として認められていると言う事だと思います。日本では歴史の浅いカポエイラですが、先人達の意思が遠い日本まで届いています。もしカポエイラに触れる機会がありましたら一度体験してみてください。 |